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 遥かに仰ぎ、麗しののレビューその2です。
 と言っても今回は批評空間に書いたものに少し手を加えただけですが。





 仁礼栖香はどうして意に沿わない見合い話を受け、挙句結婚に同意してしまったのだろう。
 無いものと思っていた両親との絆の為? いや、それよりは滝沢司を愛するが故だったという方がしっくり来る気がする。


「うまく行けば……。相手が愛想をつかして私を離縁するかも知れません」

「其の時、もし司さんがまだお一人だったら、其の時は、私を好きにして下さい。司さんには其の権利があります」

「もしお一人で無かったら……。もう二度と姿を現しません」

「いえ……今のは忘れて下さい。私の事は忘れて誰かいい人と結ばれて下さい。其れがきっと幸せへの道ですから」


 こんな台詞を言われて「はい、わかりました」などと言う男は居ない。
栖香は「私は貴方をずっと愛しています。私を忘れないで下さい」と言っているも同然で、そうと気付けないような男は男ですらない。
 だから、当然のように司は栖香の前に再び現れ、二人の前にあった全ての障害は取り除かれ、より深く愛をお互いの胸に刻んだ上で大団円は迎えられた。
 それにもし仮にあのまま司が現れず、自らの意に沿わない結婚をしていたとしたら。司はその事を生涯悔やみ続け、その心は一生栖香のものになっていただろう。


「さようなら……司さん」


 そう言って栖香が去って行った時点で、どう転んでも司は栖香からもう逃れられなくなってしまったのだ。
 そこまで完全に読みきった上での行動だったとは思いたくないが、栖香も少なからず期待していたのは確かだろう。
 そうでなければあんな別れ方はしない。

そして、その栖香の愛ゆえに司は救済される。

 先程、お見合い騒動の一軒で、二人の前にあった全ての障害は取り除かれた、と書いた。その障害の中には司の幼少期のトラウマも含まれる。
 母親に捨てられたトラウマによって「好き」という言葉を告げられなかった司。美綺ルートにおいて多大な時間と精神力となにより美綺の包容力によって克服していったそれは栖香ルートではその瞬間だけ見れば拍子抜けするほどあっさりと解消される。


何でだろう。
何で言わなかったんだろう。



と。
そう、美綺がトラウマを克服させたのに対し、栖香はトラウマを解消させてしまった。司を愛し司に愛される事によって。

元々司は栖香に溺れている節が見受けられた。栖香の処女喪失の際のやり取りなどその際たるものだろう。
結婚を受け入れ司と分かれる事を決意しその前にせめてと司に処女を差し出そうとした栖香に司は、


ああ、ようやく、
この子は実家から開放されたんだ。



 などと、すっとぼけた事を抜かしている。
 状況から考えればそんな事はありえず、栖香が本心を語っていないのは明白で司自身その事に気付きかかっているのだが、結局その考えを振り払い目の前の肉体を貪ってしまう。
 誰がどう見ても栖香の行動は不自然であり、司は栖香を求めるあまり馬鹿になってしまったとしか言いようが無い。
 自らを司の奴隷、物だと卑下し身も心も司に捧げる栖香だが、実際には司の方が栖香に依存し心を奪われ離れられなくなっていたように思う。其れほどまでに栖香にのめり込めたからこそ司のトラウマは解消し得たのではないだろうか。


「サディストは相手をいじめるための工夫を必要とし、鞭打ったり、縛ったりするために、労働を余儀なくされる。サディズムは労働の快楽であり、くたびれることである。
しかし、マゾヒズムは、ただ、相手のなすにまかせて、白日夢の中に遊んでいればいい。マゾヒズムこそは、貴族の快楽であり、まったく、『あなたまかせ』で、できるゲームなのだ」



 サディストとマゾヒスト。ご主人様と奴隷。調教する者とされる者。
 少なくとも、この手のゲームで語られるような両者に於いてイニシアチブは常に後者にある。その事に気付かないご主人様は哀れな奴隷でしかない。司の姿は正に仁礼財閥の令嬢に傅き無心になって汗を流す労働者のそれである。高貴なものは自ら汗を流して働いたりなどはしない。ただ、奴隷達が働き得た物を享受していればそれでいいのだから……。


 ゲームの性質上ヒロインを魅力的に描くことは当たり前の話だが、彼女の描かれ方はストーリー重視の「かにしの」の中にあっては異彩を放っている。特に一人一人の内面を描く事によって多くの魅力を表現されていた本校系のヒロイン達とは対照的だ。
 彼女のルートだけはシナリオよりも萌えに力を入れているのではないかとすら思う。ツンデレという基本属性に加えて「尻穴奴隷」に代表されるような普段の委員長なイメージをぶち壊すトンデモ発言、作品随一の数を誇るHシーンでは初だった少女が次第に肉欲を覚えていく様が描かれている。彼女に心奪われた人は少なくないだろうし、もしかにしのヒロインの人気投票が行われたならまず間違いなく上位に入選することだろう。というか毎日投票します。
 無論、好みなどといったものは千差万別だからみやびが好きだという人もいれば、美綺がいいという人もいるだろう。
 しかし、ライターが一番魅力的に描こうとしているのは間違い無く仁礼栖香であった。なにせ主人公(プレイヤー)である滝沢司が一番その魅力に取り付かれトラウマを解消出来てしまうほどに愛する事の出来る魅力的な彼女ですから。
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