OHP批評空間の点数:30点
裸の王様の寓話
新しい服が大好きな王様の元へ二人組の布織職人がやってくる。二人はある特殊な布を織ることが出来ると言って自分たちを王様に売り込む。曰く、馬鹿には見えない布地。その布地で織った服を自分たちは売っているというのだ。
王様は喜んでその服を購入する。しかし見せられた服はどうしたって自分には見えない。当たり前だ、二人は詐欺師なのだから。
しかし、馬鹿には見えない布と言われては王様は素直に見えないとは言えない。「自分は馬鹿です」と認める事が出来ないのだ。仕方なしに自分には見えると言い周る王様。同じように周りの家来たちも王様に追従する。
見えない服を纏い王様はパレードを行う。領民もまた誰も本当の事を言わずパレードを見守る中、一人の子供が声を上げる「王様は裸だ」と。
やがて周りの人達も子供と同じように「王様は裸だ」と声を上げるなか、王様一行はただただパレードを続けるのみだった。
誰もが一度は聞いた事があるであろう、童話『裸の王様の顛末』である。
君と彼女と彼女の恋。をプレイして一番最初に連想したのは裸の王様に向かって「王様は裸だ」と叫んだ子供であった。
複数のヒロインと複数のルートからなり、ヒロインを選び攻略しまた別のヒロインを選びなおし攻略するという恋愛ゲームの不文律。その不文律に正面からNoを突きつけたのが本作『君と彼女と彼女の恋。』だった。
最初に美雪を攻略し、次にアオイを攻略しようとすると自分のルートで永遠の愛を誓っておきながらアオイと恋に落ちる事を罵倒する美雪。主人公ではなくユーザーに向かって語りかけてくる美雪。自分のルート以外は許さないとUIを改変しセーブデータを使わせなくする美雪。それは今までに発売され、そしてこれからも発売されるであろう数多の恋愛ゲームの大前提を否定するような製作者からの問いかけだった。
毎月発売され、次々にプレイし攻略されやがて忘れられていくヒロイン達に対する問題提起は一部ユーザーの根幹を揺るがす問いとなり大きなうねりとなっていった事は周知の通りである。
成程、確かに斬新な作品である。少なくともこういった問題を主題として作られた作品というのは非常に珍しい。複数のユーザーの胸に大きな問い掛けとして重くのしかかった事も事実であろう。
しかし、である。所詮この作品は「王様は裸だ」と叫んだ子供の如き所業、児戯に過ぎなかったのではないかと思うのだ。
子供が「王様は裸だ」と叫んだ時、周りの人間は一体どう思ったか。王様ざまあみろと拍手喝采を叫んだ?それとも馬鹿なのは自分だけではないと安堵した?
いや、それよりも子供に対して「空気読め」と思ったのではないだろうか。
中世の王様というのは程度の差はあれ庶民から見たら絶対権力者である。恥をかかせたとパレードを見物していた民衆を皆殺しにしても不思議はないのだ。一人の無分別な子供の一声がやがて大合唱となった時、その声を上げていた多くの民衆達は既に破れかぶれの心境だったのではと想像出来る。
誰もが知っていた誰もが望まない言葉であったという意味で、この『君と彼女と彼女の恋。』の問いかけは「王様は裸だ」という子供の叫びと同一のものであると言えた。
わざわざゲーム作品という形でもって下倉バイオが声を上げずとも、この問いかけを自らに課したユーザーは少なくないと思われる。でなければ「Kanon問題」などといった単語が生まれる事もなかったであろう。それでもなお、多くのユーザーは恋愛ゲームをプレイし続けている。恐らくは各人がそれぞれに問いかけに対する答えを自らの中に持っていると考えて大過ないであろう。
そういった問いかけを自らの中に持ち得なかった一部のユーザーにとってこの作品は劇薬だったかもしれない。また、答えを見つけていたとしても古傷を抉られたユーザーも居たかもしれない。
しかし、多くのユーザーにとってはとっくに自らの中で決着をつけていた問いかけだったのではないかと思うのだ。今更このような問いかけは周回遅れなのである。
この作品が残念だったのは発売があまりに遅すぎた事である。もっと早い時期、恋愛ゲームの黎明期に発売されていればもっと大きなうねりとなってこの作品の話題は業界を席巻していたかもしれない。「犯人はヤス」という言葉が例え本来の意味を忘れられていようとも今もなお生き続けているのはファミリーコンピューター発売直後にポートピア連続殺人事件が発売されていた事と決して無関係では無いと思うのだ。
以上のような理由で、私はこの『君と彼女と彼女の恋。』の問いかけを全く評価していない。さらに言えばこの作品を特殊性を取り除いた一つの物語としての評価も高くはない。作品としてひどく雑な印象が残ったからだ。
作品の性質を考えるまでもなくあまりに美雪の扱いが軽かったのが一番の理由である。
後に訪れる例の瞬間の為にもユーザーが美雪に魅了されるよう美雪の描き方はもっと濃密にするべきだったのではないだろうか。なぜならあの問いかけはユーザーが美雪に感情移入していないと効果が半減するからだ。それなのに序盤の美雪の描写はあまりに淡白すぎたように思える。淡白というより単純に少ないのだ。制作費の問題もあるのかもしれないがこの部分での妥協は手抜きにしか感じられなかった。
私がこの作品で評価する点は物語自体よりもむしろ多種多様なギミックにある。
この作品がアダルトゲームである以上、ルートによって全てのCGが開放されず、クリア後も簡単に見ることが出来ないという仕様は決して評価する事は出来ないが、それ以外の物語の途中に仕込まれた各種ギミックは、紙芝居ゲーなどと揶揄されるAVGとコンシューマの劣化でしかないSLGが大半を占めるこの業界にあっては久しぶりに現れたPCゲームらしいゲーム性を感じさせてくれた。全ての作品がこのような形になる事はもはや不可能であろうが、たまにはこういった作品が現れても良いと思うのである。
物語の「問いかけ」にばかり注目が集まり、この各種ギミックがおまけとして扱われているのはひどく勿体無い事に思えて仕方ない。